5/19:私がクリスタを始めた理由

ねじの人々が更新されました。

今回は突然の打ち合わせ話。「ねじの人々」の打ち合わせをかなり忠実に再現してあります。こんな程度なんですよ、本当に。

今回はとにかく作画が大変でしてねぇ。背景がこんなにちゃんと入った回も初めてというのもあったんですけど、大きな理由が一つあって、今回の原稿からクリスタを使い始めたんですよ。CLIPSTUDIO。これがコミスタの次世代ソフトであるんですけど、結構使い勝手が違って大変苦労しました。GWの休みをかなり食いつぶしてしまいました。

なんで、クリスタを使い始めたのか。これは理由がありましてねぇ。

このようなイベントがありまして↓ 横浜で畑先生と一緒にイベントをやることになったんですよ。去年のサンデー謝恩会の時に背景塾の人にオファーを受けて安請け合いしてしまいまして。なんか背景塾の教室でひっそりやると思ってたのに、フタを開けてみたら横浜のアニメイトとかで、なんかめちゃくちゃデカくなってるんですけど。思ってたのと全然違う。今までこーゆーのイヤで、リアルでイベントとか一切やってなかったのに~。まあ、ボクがどんな人がみたい人は来たらいいんじゃないっすか。ちなみに、グーグルで検索するとボクの顔って全部担当さんの顔です。謎の人がよかったなぁ。
wakakitamiki * ねじの人々 * 08:03 * - * - * pookmark

4/24:マンガワンSHOP、オープン

とにかく新しいことをしようってところは、どん欲なのです。


マンガワンがネットショップを開きました。
ボクも簡単にしか聞いてはいないのですが、ここではマンガワンの連載作品のグッズを作って売るネットショップです。しかも、ここは感覚的には同人グッズのようなもので、間にあんまり業者が挟まらないので、漫画家へ入ってくるお金の割合は少しばかり高いのです。

手始めに漫画家自身がデザインしたオリジナルTシャツを予約限定で発売しています。ボクも参加しました。売れなきゃ2枚目はない感じの空気だったのでどうせなら「アルバ」「ねじ」「神のみ」「なの菓子」相乗りデザインのイラストを描きました。アルバのグッズ欲しいもんね。是非買ってください。もし1枚目が売れたら、次はオールカラーで恥ずかしいTシャツを作ろうと思います。

マンガワンSHOP
http://mangaone-shop.com/


ねじの人々もマンガワンで更新しています。
今回は携帯に自我を乗っ取られる話です。

こないだのグラブルの騒動も実に怖かったですねぇ、色々。
荒ぶるソシャゲーマーと、アメとムチで手なずける運営。
コルワかわいいので、取りたかったですけどダメでしたw
wakakitamiki * ねじの人々 * 23:59 * - * - * pookmark

12/18:わたすらんこ!

そういえば、ねじの人々が更新されています。

今回の主役は風紀委員、小林嵐子ちゃん。
今回は人間の自我は何に左右されてしまうのか。
そういうことを描こうと思っています。

会う人会う人に「ねじ」面白いって言われるんですけど、「ぺージ数が少なすぎるよ(畑先生)」と言うご不満。月一で18ページって確かに短いですよね…。何とかしたいんですけど、週刊抱えながらだとホントこれが限界なんです。ねじの5倍は労力がかかっているなのは、5倍面白くしたいと思いますけども。
wakakitamiki * ねじの人々 * 23:59 * - * - * pookmark

10/15:「ねじの人々」「なのは洋菓子店のいい仕事」同時発売

今日「ねじの人々」の最新話がマンガワンで更新されました。

ねじ持ちで初めての「普通人」が登場します。
この女の子は誰かの関係者ですが、今回の話は身につまされますよ!

さて、そんな「ねじの人々」の第1巻がいよいよ発売です。しかも、「なのは洋菓子店のいい仕事」第2巻と同時発売!いや〜単行本2冊に連載2本に巻頭カラー、とどめに風邪。僕のマンガ人生で一番過酷な一ヶ月を過ごしました。こなせるものなんですねぇ。

特に「ねじの人々」の発売は感慨深いというか、こんなものを世に出していいのかと心配になってしまいますが…。神のみが終わってから、何か神のみとは違う内容・違う方法のものをやりたい…と思って始めたのがなの菓子だった訳なんですけども、ねじの方は神のみと同じことを違う方法で描いたものです。このマンガは最初は哲学をわかりやすく考えることを目的にして始めたものですが、何だか続いてるうちに、構想とはすっかり違うものになりました。答えのないものに答えを求めるものが哲学だと思っていたのですが、答えを求め続けると結局どうなるか…でも、やってることは神のみと同じです。このねじ1巻のおまけでは桂馬くんが出てきていつもの感じで話をしますが、内容と全く齟齬がない。自分は選ばれし者という妄想が止まらないあなたにおすすめの一冊です。

そして、「なのは洋菓子店のいい仕事」は2巻目です。なの菓子の方は、サンデーの方ではなんだかんだ言って段々一人称マンガになってきてるような気もしますが、一応ホームドラマです。この巻では私のお気に入りの言葉ちゃんが登場です。言葉とぱせりだけで1冊やりたいぐらいの私にとってはこの巻は実に楽しい。そして、なの菓子の響良牙・ユキチカくんも出てきます。扱うお菓子は紅茶に合うお菓子、手回しアイス、ミゼラブル、マンゴータルトなどなど。今回は表紙裏の私のお菓子よもやま話もぜひお読みいただきたいと思います。色々お菓子の思い出話に花を咲かせておりますよ〜。


そして、今回も書店特典があります。

・とらのあな(カラー高橋、言葉)
・アニメイト(かの香)
・ゲーマーズ(言葉&万子コラボカラーペーパー)
・サンデーサポートショップ(セージ)

それぞれでついています。詳しくは↓
http://websunday.net/news/15100704.html

特にねじは今回、すごいコストがかかっていて、表紙の仕上げからして違います。持ってて嬉しいインフォイラー印刷!そして発行部数も少ないです。ねじをお求めの方はお早めにお願いします。

この単行本の売上げで、来年の私のお雑煮のおもちの数が決まる!どうぞ、良い年の瀬を!
wakakitamiki * ねじの人々 * 19:24 * - * - * pookmark

5/23:ねじの人々 第5話&第6話のお話


どうも、出たがり作者です。


ちょっと遅い話題になりますが、大阪都構想の投票結果。


結局現状のままになった訳ですけど、その後の話題で「アンケートでは70代より若い人が全部都構想賛成なのに結果は逆」「老人が強い時代の民主主義の問題点」とかの話題が出てましたね。老人に負けたと。でも、1万票ぐらいの差だったら、もう少し投票率が高かったらひっくり返ったと思うんですよね。若い人が1人友達を誘って投票に行くだけで変わったんじゃないかと、もしアンケートの結果が本当だと仮定すればですけどね。

「選挙に行っても結果は変わらない」と言いますが、今回の結果は、本当は変わるのに何もやってないだけ、という事実をあらわにした気がします。こういう議論を聞く度にボクは思うんですけど、ボクの世代って、実際自分で闘ったり、何かを勝ち取ろうとしたことってあっただろうかと。僕らの少し上の世代はバブル狂乱、その上の世代は学生運動、その上の世代は戦争という闘争体験があるんですけども(まあ、結果はこの際置いておいて)。上の「老人が強すぎる、これじゃあいけない!」って言ってるのも、結構老人だったりするんですが。選挙に行ってないんだったら、廃止になったって文句言えない。
 

ボクは引きこもりなので、「世代感覚」っても上滑りするんですけど、そうは言っても、いやが上にも僕らの時代は強制的にやってきてしまうんです。上の世代がみんな死んでしまうんですから。そうなると、全部自分たちの責任で動かしていかないといけない。家庭から始まって、社会、世界、憲法や政治。身震いします。いわゆる世の中は「右寄り」になってきてると言いますが、超スーパーレフトの家庭で育ったボクにもそういう感覚が多少芽生えている気もします。その根底にあるのは「防衛意識」です。若い世代というのは、古い世代のシステムを破壊していくものです。しかし、僕らはもう持ちすぎてるというか、何かを勝ち取らなくても既に十分にある。となると、とにかく波風を立てないで平穏無事に過ごしたい。贅沢も言わない。毎週アニメの録画だけがちゃんとできていればいい。そういう感覚が右に寄せていく。そういう気がします。自分の気持ちをひもといてみると。
 

そして、総ての考えにこんな風に最後に「自分的には」とつけ、内省的に完結する。こんな、ただ「考える」ことってどういう意味があるんだろう、と色々考えてしまいます。

 

という訳で、こういうグルグルとした内省を繰り返す人間の書いている「ねじの人々」。

今回は話は2話構成で、有名なヘーゲルとキルケゴールの哲学的対立(この2人が直接対立した訳ではないですが)、「主体的真理」と「客体的真理」についてのお話…なのですが、今回からこのねじの描き方に小革命が起こりました。

この話を描く前に、担当さんから「若木さんは哲学を教えようとしてる。そういうものは求めていない」という批判がありまして。これには内心、グサっとくるものがありました。自分でも勉強した報告(!)をしないといけないと思って、整合性のある議論の構成をとっていましたが、それが無用の長物だと言われてしまいました。まあ、それはそうだ。ボクは先生じゃないし。

そこで、「ねじ」の新しい約束事を決めました。

・論旨をまとめなくていい。
・間違えていても気にしない。むしろ、間違えも含めて全部の思考の流れを書く
・人の答えではなく、自分の考えをメインに書く。


この約束に加えて、担当さんからの「若木さんのマンガ技術は全部捨ててください」というとどめの一撃。

その結果、今までで一番面白い話ができたと思います。自由で楽しい、しかも理屈っぽいけど学問的じゃないので答え合わせがいらない(これすごく重要)。整合性では万子ちゃんの話が一番で、ボクは万子ちゃんの話を描いたところで「ねじ」はこれがスタンダードだと思っていましたけど、さらに良い話ができるとは。担当さんに感謝ですね。

しかも、今回はものすごく描き方も楽な方法だったので(手の写真を使って描けるから)ので、単行本作業をしながらでもスケジュールに収まった。ほんとパーフェクト。

内容については解説はほぼいらないというか、マンガが解説そのものでもあるんでねぇ…まして、今回は自分自身がでてきたこともあるし。マンガの神様と称して「ベレー帽」を出す感覚、これ、もはやわからない人がいるかも知れない…うちのスタッフとかわからないままトーンとか貼ってたりして…怖くて聞けないけど。でも、この神様体験は、実体験です。これはボクは「考えた結果」出せた「無意識の境地」だと思っているんですけど、これを考えなくても(一見)天然で毎回炸裂させる作家さんもいるんですよね〜。特に最近であった女性作家さんはそういう人ばっかり。どういう頭の構造してるんだろうなぁ。

もう一つ、シスターヴィルヘルム。この破戒尼、最初は坊さんでした。でも、女性の方がいいような気がしてシスター登場となりました。やっぱりボクは女性がどっかに写っていないと描く気にならないのです。で、最初の坊さんは「別のマンガ」に移籍となりました。これはまあ、いずれ。

何しても、色々解放されましたよ。これから描くのが楽しみになってきました。次回をお楽しみに〜。

wakakitamiki * ねじの人々 * 09:18 * - * - * pookmark

5/19:ねじ更新しました。

そろそろ梅雨ですね。

梅雨大嫌い!梅雨の間穴に入って寝ときたい。ボクは雨が嫌いなんだけど、そのココロは中学生の頃の制服の質のせいなのだ。制服が雨に濡れるととにかくケバだつ。それがとにかく嫌いだった。制服は一張羅だからね。私服だったら、こんなに雨が嫌いにならなかっただろう。

まあ、季節のマクラは置いておいて、

 


ねじの人々更新しました。第6話です。

http://manga-one.com/

今回は時間が今まで一番無かったけど、内容は一番わかりやすくて密度あると思います。
あと、画期的に描くのが簡単!この調子で行きたい!



現場は7月のなの菓子(←略称これにしました)の単行本発売を目指してがんばっております。最近昼間はラジオ派に変わって、ゆうゆうワイド→たまむすびの流れを毎日聞いてる。何かラジオが仕事場に流れ始めると、ベテランになったって感じするなぁ。まだ9年しかやってないけど。

wakakitamiki * ねじの人々 * 11:53 * - * - * pookmark

4/19:「ねじの人々」5話更新のお知らせ&前回のねじのお話

ねじの人々が更新されました。

前回までは2話ずつの更新でしたが、「なのは」が始まったこともあり、今回からは1話ずつの更新になります。そしていきなり続きもの。今回はヘーゲルとキルケゴール、「客観的真理」と「主体的真理」のお話をねじ君が文字通り、のぞき見します。


そして、前回のお話です。


前回の話は、哲学界の最大最強の知性にして一番難しいカントを議題にしました。あの「白熱教室」のサンデル教授もカントの回を「もっとも難解」という前置きで紹介してますけども、カントは哲学者にとっても難解なパートなんですよ。こんなもの一般人に理解できますかっての。学校の授業ではカントは大体デカルトの次にやってくるんですけど、「我思う故に我あり」の次がいきなり「アプリオリな総合判断」って。急に難しすぎるでしょ。

人間と真理の関わりについて、カントのやったことってものすごく多岐にわたっているのですが、ボクも全部はとても勉強しきれないので、今回のお話は「純粋理性のアンチノミー」という有名で有用な部分に絞って、万子タンに話してもらいましたヨ。

人間は真理を感知することができるか、という流れからのコペルニクス転回をかなり乱暴にまとめましたけど。この万子ちゃんの回が、この「ねじの人々」で言いたいことのほとんどを言ってしまってるような気がします。

つまり、答えなんてないということ。にも関わらず、問いは残っている。人が問い続けることは、どういうことなのか。これは神のみの時も少し考えた題材でした。「もし、悩みがなければ、理想なんて生まれないんじゃないか?」というお話。

そもそも、人間が答えも問いも作っているんじゃないか?
↑この部分が非常にボクは興味があって、これからもここの部分を掘り下げていくことになると思います。


その後の時計のじいさんのお話はおまけ。プラトンのお話です。

ここでは、「いや、そうじゃなくて、人間には(今は証明はできないが)何かの「兆し」を受け取っているんじゃないか?」というお話をしています。数学って本当に不思議ですね~。このプラトンについてはもともとはおまけで6pぐらいしかなかったんですが、余りにも教科書的だったので、万子ちゃんに参加してもらってちょとと揺さぶってもらいました。上手いこと言ったかどうかはよくわかぬが。

ともあれ、カントをやってしまうと木の幹はクリアしたので後は楽というか。これからは気楽にやっていこうと思います。
wakakitamiki * ねじの人々 * 23:59 * - * - * pookmark

3/19:「ねじの人々」更新のお知らせ&前回のねじのお話



ねじの人々が更新されました。

今回のお話は
「カント」の純粋理性のアンチノミーと、
「プラトン」のイデア論について、ねじ君が目撃します。

ひとまず始めてみたこの連載ですが、早くも制作上の大きな危機を迎えておりますw というのも、この連載はボクが勉強しながら描くと言う形式でありながら、監修者が誰もいない。つまり、ボクが自分で自分を添削しないといけないんですよ。担当編集者もボクが描いている内容をわかってない(!)という状態ですので。

つまりですよ、自分が描いたネームが合ってるかどうか確かめるための勉強をしないといけないんですよ!そうでしょう?ネーム描いた自分より勉強してないとチェックできないんだから。これはきつい。しかも、その添削のための勉強は、ネームの内容に一切関係ないんですよ!この不効率状態、誰か上手く例えてください!へろ〜ん。

これはグチというか、自分の無計画さについてのボヤきですけども。



まあ、それはひとまず置いておいて、

今日は、前回の「ねじ」について、お話したいと思います。
まあ、1話目だったので、連載そのもののお話です。

「ねじの人々」というお話は、かなり内省的なお話です。しかも、わかりやすく描いてません。「哲学を簡単に勉強したい」みたいな目的には全く適していません。これは理由があります。

連載開始にあたって、「ねじの人々」の目標は、

・「答え」を提示しない
・「実存」という概念を(ボクが)理解する。

この2つです。

最初の「答え」を提示しない。これはどういうことか。そもそも、哲学の一般的な定義は

「答えを追求する学問」

だと、学校で習った気がします。高校の倫理の先生が話していた小咄がありました。かつて、とてつもない小額で訴訟を起こした人がいました。その人は聞かれました。「裁判した方が費用かかって損をするのにどうして裁判なんてするんだ」と。そしてその人は答えた。

「私は、お金が欲しいんじゃない、正義が欲しいんだ!」

と。生活の役にたつとか、損得とか関係ない、ただ、答えをはっきりさせたい。これが哲学なのです。これはわかる。しかし、哲学が「答えそのもの」を提示してくれたことがあったでしょうか?

それはない。哲学は決して、答えを提示しないのです。もっとも、かつての哲学はそうじゃなかった。万物を統べる答えを探していましたし、(後でことごとく訂正されるにせよ)実際答えを出していた。ボクも長年そういうイメージで哲学をとらえていました。そして、大学に入った時に、大きな壁にぶつかりました。哲学が答えを出していない。(少なくとも西洋の)哲学は途中で変質したのです。

その分岐点が、2話目の「我思う故に我あり」という概念です。

ここで哲学は答えそのものの探求から、「人間が答えをどういう風に求めているのか」という領域の探求に移行したのです。してしまっていたのです。

この移行が、大学の頃のボクには全く納得がいかなかった。答えを探しているのに、答えの物差しの議論になってる。「地球を計るのに、まず物差しの議論をしよう」というのが、後退してるようにしか見えなかったのです。こんなんじゃ、いつまでたっても真実にはたどり着けないだろーが!

しかし、これは当時ボクの理解が甘かった。つまり、哲学は、「答え」というものは、実は人間が生み出しているなのだ、という段階に入っていたのです。これにボクは気づいてなかった。これは「所詮、人間には真実はわからない」という単純な懐疑主義とは全く違うものです。

つまり、答えを求めると言うことは、人間を探求することと変わらなくなったのです

そして、昔ながらの「答え」「真実」は姿を消した。ちょっと前に大いに流行った社会哲学の大有名人・サンデル教授が言っていました。「哲学というものは、人々が当たり前のように思ってる概念をもう一度考える学問だ」と。むしろ、そこで待っているのは昔ながらの答えの否定で、人間がいかに答えを扱っているかの検証です。にも関わらず、世の中の哲学の触れられ方というのは、「哲学が答えを持ってる」という感覚の人が未だに多いと思いますし、入門書の類もそういう需要にあわせた形になっています。偉大な哲学者の言葉を載せて、解説。また他の哲学者の言葉を載せて、解説。つまり、「答え」として羅列してるのです。これは哲学というより、雑学ないしは教養だと思うのです。

「ねじの人々」は、そういうものを目指しません。学問でもありませんから、歴史の流れも追いませんし、難しい語句を駆使して「正しい感」を補強したりもしません。ただ、哲学であろうとはします。なので、「答え」は描きません。むしろ、それを否定するために、今回のルネ君、そして、次の万子ちゃんが登場します。

では、答えを出さなくなった哲学は、何を目指すべきなのでしょう?

その1つの目標として、ボクがやりたいのは、「実存」です。

「実存」というのは、かつてハイデッガー、そしてかの有名なニーチェ、その他もろもろが取り組んだ問題で、「存在」に似ていますが、人間ならではの、悩みや社会の関係性も含めた「自分全体」「存在をとりまく全て」、そういうものを「実存」と言います。

これは言い換えると、「答え」と「答えをとりまく全て」がそこにある、そういうものが「実存」という概念です。

と、何となく説明したものの、ボクも現状よくわからずw ハイデッガーの本を読んだけどもチンプンカンプン。なので、時代をちょっとさかのぼって、デカルトから始めたのです。目指すのは、ハイデッガー!

という訳で「ねじの人々」はやって行きます。が、えー加減、監修してくれる人をつけないと、知恵熱で死んでしまいますよ、ボクは。

wakakitamiki * ねじの人々 * 10:35 * - * - * pookmark

2/17:「ねじの人々」回します。

突然!

携帯アプリ・マンガワンにて新しい連載が始まりました!

その名も、

「ねじの人々」です!


紹介ページ↓
http://urasunday.com/neji/index.html

裏サンデーでも、週遅れで配信予定です。

ずばり哲学のお話です。哲学を何かに例えるとか、人生の困ったときのアドバイスとか、そんなんじゃありません。哲学そのもののお話です。最初のテーマはコギトです。でも、これを読んでも哲学に詳しくなったりも多分しません。サンデーを離れ、このお話は全く万人向きではありません。かと言って、少数向きでもありません。敢えて言うなら自分向きの話です。自分と向き合って頭をグルグルしたい人向けのお話です。

この話を書くに当たって、カントの「純粋理性批判」を全巻読みましたが、難解すぎて途中500回ぐらい死にました。神のみの「灯編」が好きだった人は是非読んでください。裏サンデーの前書きにもありますが。これはある意味では神のみの続編かも知れませんね。




ちなみに読み方ですが、

このように、横位置に持って読むのが良いような気がします。携帯アプリなので、横移動のコマ割はありません。下にスクロールしていくのが前提のコマ割なので、小さい携帯の画面であれば横持ちが吉。

さらに、ついでに、よかったら「応援」もしてください。

読み終わった後の画面↓

ここで「応援」を押すとボクに一票入ります。課金すればさらに沢山の票を入れることができますが、課金するぐらいなら「ちょい足し」の方を押してください。そうすると、ちょっとした、おまけの漫画が見られます。このちょい足しの動きが実は作品の未来に繫がってる?という話も聞きました。

ダイレクトに票が出るアプリ連載は初めてなので、緊張。でも、これからマンガアプリの力が大きくなってきそうなのと、Mangaoneを応援したい気持ちもあります。その割にアンケートに繫がらない方向性の漫画描いちゃってちょっと心配。誰かに教えてもらう訳でもなく、自分で色々本を読まないといけないので、絵柄の割には描くのにすごい時間がかかるお話です。まあ、ゆっくりやっていきます。


あ、サンデー本誌の方も準備中です。

wakakitamiki * ねじの人々 * 02:52 * - * - * pookmark
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