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1/23:KOI・キサラ編のおはなし

また、キラキラを一つずつ。

 

キサラ編が終わりました。

 

今回のお話を一言で言うと「可能性を使い切った娘」のお話でした。KOIで動画を撮った回で、瀬奈ちゃんが言っていましたね、「アイドルは未知の可能性が大切」なんだって。それがキャラクター掘り下げ回の一番最初の回が、可能性のない娘の話だとは…。

 

でも、ボクは是非キサラから始めたかったのです。

 

それはなぜかというと、ボクにもとっても身近な悩みをキサラが持ってるからです。このお話はボク的にかなり私的な部分をキサラと共に放出したお話でした。

 

人は誰でも、最初は無限の可能性に満ちているものです。そして、運良く自分の才能が世間に認められたような人間にとっては、自分の可能性が見事に開花し、結果が出て、環境も変わる。もう、自信満々です。

 

しかし、快進撃を何年も続けているうちに気づいてくるのです。放出し続ける生活のなかで、自分の武器をもうすっかり使い切ってしまったと。そして、自分が余りにも高いところに登ってきてしまったということに。ここで成功者は一旦岐路に立ちます。

 

ヘタった武器で、その高い場所に居続けられるのか?周りからの期待のプレッシャー、自分では前と同じようにやってるのに、充実感がまるでない…。前と何が違うんだろう?迷宮の入り口。そこで更に上に登れる人、落ちて行ってしまう人、同じ場所でもがく人、色々な人がいるでしょう。それにしても、ファンもいて、歌も上手い。どうしてこんなに悩むのか?ここ数年の小室哲哉がそういう心境をいたるところで話してくれていますが!初めはまほろもちっともわかってないようでした。

 

特にキサラがシャドウオブジェクトを出してからのくだりは、ほとんどドキュメンタリーじゃないかというぐらい身につまされるものがあります。そしてこれは、まさに神のみというドーピングの後遺症と日々戦うボクの心境なのです。10年間もつまんねーつまんねーと言われ続けた人間が、急に誰からも注意されなくなり、「偉いヒト」とされる違和感。周囲からの過大評価&自分自身への過小評価のスパイラルのなかで、段々凶暴化していく自我。躁状態と鬱状態を繰り返すあの感じ。

 

NHKのクローズアップ現代のドーピングの回で、ある選手が言ってたセリフ…「ドーピングをする前は、純粋に自転車レースが大好きな青年でした。 結果がでなくても、『それもまた人生』と思っていました。 しかし、ドーピングにどんどんはまっていくと、勝つことだけがすべてになっていきました」

 

この「ドーピング」は色んな言葉で言い換えられ、あらゆる人間に当てはまることだと思いませんか?まして、芸能界というきらびやかな世界だと、その場所にいることが既にドーピングです。美しく、孤独をかかえる人達。タレントにならなかった方が幸せになれたんじゃないか、という方がそこかしこに居ます。

 

そして解決方法は結局自分や周りを愛するということでしかないのです。自分が来た道を信じること。キサラ編の結末は解決、というより夢です。キサラみたいになれたらいいなぁ、と思って描きました。

 

このキサラ編から、このKOIという作品は急速に焦点が絞られた話になるはずです(担当も変わりましたし)。2巻で大直しのリミックス作業が行われましたが、それはこのキサラ編以降のために道ならしが必要だったのです。ボクも肥大した自我と折り合いをつけ、キサラと一緒に、キラキラを一つずつキャッチしていきますぞ!ステップバイステップ!

wakakitamiki * キングオブアイドル * 23:59 * - * - * pookmark
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