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10/23:神のみペーパー終了とねじの人々23話の話

神のみペーパー、追加募集分も返送終了しました。明日発送する分で全部終わります。長いことかかってしまってすみません。なんと、返送してる間に次の連載が終わってしまうという作業の遅さ!

 

書き損じのペーパーだけでもこんなになりました↓

絵も変わったなぁ。昔から瞳を色々変える人間なんだけどね。

 

それでもって、マンガワンの方では「ねじの人々」が更新されています。

 

からかい上手のありさちゃん

人気マンガに乗っかる所存。久しぶりにがっつり模写というのをしてしまいました。楽しかったなぁ。

 

今回の一連のお話というのは、みんなが当たり前のように受け入れている常識に潜んでる差別や偏見について書いています。そしてそれがわかっていながら、儲かるから、またあるいはそっちの方が気持ちいいからという理由で無視している。そういう事柄について考えています。

 

表現のクリシェに対する、世間からまたは作り手側からの批判というのは定期的に起こっており、最近ではゲーム内の性差別をめぐって「ゲーマーゲート」なんて問題も起こっており、僕の大好きなDOAX3もアメリカでは発売しておらんのです(苦笑)

 

僕は性差別があろうと表現の自由は守られるべきだと思うし、規制こそ差別だと思う。ただ、自由=正しいものとも思わないのです。僕はDOAX3が大好きですが、同時にこのゲームが性差別的だとも思います。有害図書うんぬんの話でも、表現は守られるべきだと思うけど、コミケ帰りに女性器の絵を描いたバッグを隠さないで持ってるような人は、警察にひっぱられていいとも思う。ここら辺のごっちゃ感が常にあって、僕は自分で描いていながら、漫画はある種危険なものだと思うし、良い方向にも悪い方向にも人に大きな影響を与えるものだと思う。他ならぬ自分が、漫画を読んだことで人生を漫画に捧げてしまってるんだから誰よりもわかる。ただそれだけに、表現する方にもある程度の自覚と責任が必要だと思う。

 

そういう意味において、自分で描いているものの「不誠実さ」や「自分勝手さ」について、自分で言い訳したのが今回のお話だったと思います。そして、これからも続けるよと。それが許されるのが漫画という世界だと思うので。ただ、漫画のなかに描かれてることの「正しさ」「答え」がどれほど正当なのか、この漫画を読んでる人と一緒に考えてみたいな、と。色々つたない部分はあったでしょうけども、そういうことでした。ほんと、この話を始めると身も蓋もないんで、最終回前でしかできないお話でしたね。

wakakitamiki * ねじの人々 * 20:27 * - * - * pookmark
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