*/*クソ長い告知コーナー

<告知>
小学館の新マンガアプリMangaOneで
新連載「ねじの人々」が始まりました。

4月より、サンデー本誌で
「なのは洋菓子店のいい仕事」
連載開始します。

よろしくお願いします。

↓ねじの人々詳細
http://manga-one.com/
マスコットキャラ「ノンブル」のデザインもしております。
「MANGAONE」では「神のみぞ知るセカイ」も無料公開されています。


●神のみぞ知るセカイ情報

神のみLINEスタンプが12/26に発売されました。
外注はせずに、全て自分で描きました。LINEストアで「神のみ」で検索してみてください。

アニメ公式サイトはこちら→http://kaminomi.jp/index.html
アニメ公式ツイッター(kaminomi_jp)→http://twitter.com/kaminomi_jp


アニメ神のみブルーレイ発売中
長くみれるアニメをお求めの方に。豪華おまけ付き。商品仕様やショップ特典については公式サイトへどうぞ。DVDもあります(が、特典がついてるのはブルーレイのみです)




音楽関連既発カタログ。とにかく音関連は怒涛のラインナップ。どの曲も良い曲。好きなキャラなら買って損なし!



単行本既刊もよろしく!↓


wakakitamiki * 読者の方々への連絡事項 * 21:13 * - * - * pookmark

3/30:なのは?なのはよ?

ここ数日、床で寝る生活が続いております。
ほんとなかなか出来ないものですねぇ原稿ってのは。

さてさて、昨日のサンデーフェスで、遂に「なのは洋菓子店のいい仕事」のビジュアルが公開されました。

こんな感じです。何だか塗りも変わりました。話の内容は…?ともかく読み切りのお話とはまるで違いますよ!皆さんお楽しみに。

しかし、今回も長いタイトルで、しかも略そうにも「なのは」だと先約がいますしね(苦笑)。どうしたものか。ともかく来週のサンデーには予告が入ります。どうぞよろしくお願いしまするる〜!今日も床寝!
wakakitamiki * なのは洋菓子店のいい仕事 * 21:12 * - * - * pookmark

3/26:Good Sometimes

ネームのストックがなくなったので、今日からプロット書きを始める。

ついでに、プロットネーム間に聞く音楽も買う。

大滝詠一関連のCD。こういうのコレクター的な奴やベストは結局あんまり聞かなくなるので、買ってなかったけど、こないだCDブック2が届いた勢いで買ってしまった。

にしても、すごいのはジュークボックスなるCD。大滝詠一所有のジュークボックスに本人が入れていた曲をCDで再現しようという、プライベート暴露企画。そもそも謎につつまれた人ということもあるけども、アーティストが作った曲だけじゃなく、その人生そのものまでも知りたいと思わせることにおいて、大滝詠一は史上最強の一人だろうと思う。それだけ作った作品が素晴らしかった。

ボクも気持ちだけはBestAlwaysであろうと思ってるんですけどね〜。
wakakitamiki * 音楽 * 13:43 * - * - * pookmark

3/24:ナイアガラガラ


開けるのがもったいなくてまだ聞いてない。
wakakitamiki * 音楽 * 09:33 * - * - * pookmark

3/22:新人コミック大賞以来

の盾。

を、もらった。

SUGOIJAPANの作品「候補で賞」。候補でも嬉しい。ありがとうございます。小学館漫画賞も候補で賞くれたらいいのに!

漫画家は褒められたくってやっておるのです。新人の漫画家が例えば、初めて読み切りが載ったら何かメダルを上げるとか、連載を取ったら何かプレートを編集部の床に付けてあげるとか。1年連載を続いたら盾をくれるとか。サンデーでもそういうことしてくれたらいいのに。まあ、漫画家は口では「こんなんつまんない」とか言うと思うんですけど、内心大喜びですよ。(ボクは謝恩会の三次会では、こういうことばっかり言っておる)。こういうの大してお金かからない割には効果は大きいと思う。バカにできないですよ。
wakakitamiki * ふとした話題 * 09:46 * - * - * pookmark

3/19:「ねじの人々」更新のお知らせ&前回のねじのお話



ねじの人々が更新されました。

今回のお話は
「カント」の純粋理性のアンチノミーと、
「プラトン」のイデア論について、ねじ君が目撃します。

ひとまず始めてみたこの連載ですが、早くも制作上の大きな危機を迎えておりますw というのも、この連載はボクが勉強しながら描くと言う形式でありながら、監修者が誰もいない。つまり、ボクが自分で自分を添削しないといけないんですよ。担当編集者もボクが描いている内容をわかってない(!)という状態ですので。

つまりですよ、自分が描いたネームが合ってるかどうか確かめるための勉強をしないといけないんですよ!そうでしょう?ネーム描いた自分より勉強してないとチェックできないんだから。これはきつい。しかも、その添削のための勉強は、ネームの内容に一切関係ないんですよ!この不効率状態、誰か上手く例えてください!へろ〜ん。

これはグチというか、自分の無計画さについてのボヤきですけども。



まあ、それはひとまず置いておいて、

今日は、前回の「ねじ」について、お話したいと思います。
まあ、1話目だったので、連載そのもののお話です。

「ねじの人々」というお話は、かなり内省的なお話です。しかも、わかりやすく描いてません。「哲学を簡単に勉強したい」みたいな目的には全く適していません。これは理由があります。

連載開始にあたって、「ねじの人々」の目標は、

・「答え」を提示しない
・「実存」という概念を(ボクが)理解する。

この2つです。

最初の「答え」を提示しない。これはどういうことか。そもそも、哲学の一般的な定義は

「答えを追求する学問」

だと、学校で習った気がします。高校の倫理の先生が話していた小咄がありました。かつて、とてつもない小額で訴訟を起こした人がいました。その人は聞かれました。「裁判した方が費用かかって損をするのにどうして裁判なんてするんだ」と。そしてその人は答えた。

「私は、お金が欲しいんじゃない、正義が欲しいんだ!」

と。生活の役にたつとか、損得とか関係ない、ただ、答えをはっきりさせたい。これが哲学なのです。これはわかる。しかし、哲学が「答えそのもの」を提示してくれたことがあったでしょうか?

それはない。哲学は決して、答えを提示しないのです。もっとも、かつての哲学はそうじゃなかった。万物を統べる答えを探していましたし、(後でことごとく訂正されるにせよ)実際答えを出していた。ボクも長年そういうイメージで哲学をとらえていました。そして、大学に入った時に、大きな壁にぶつかりました。哲学が答えを出していない。(少なくとも西洋の)哲学は途中で変質したのです。

その分岐点が、2話目の「我思う故に我あり」という概念です。

ここで哲学は答えそのものの探求から、「人間が答えをどういう風に求めているのか」という領域の探求に移行したのです。してしまっていたのです。

この移行が、大学の頃のボクには全く納得がいかなかった。答えを探しているのに、答えの物差しの議論になってる。「地球を計るのに、まず物差しの議論をしよう」というのが、後退してるようにしか見えなかったのです。こんなんじゃ、いつまでたっても真実にはたどり着けないだろーが!

しかし、これは当時ボクの理解が甘かった。つまり、哲学は、「答え」というものは、実は人間が生み出しているなのだ、という段階に入っていたのです。これにボクは気づいてなかった。これは「所詮、人間には真実はわからない」という単純な懐疑主義とは全く違うものです。

つまり、答えを求めると言うことは、人間を探求することと変わらなくなったのです

そして、昔ながらの「答え」「真実」は姿を消した。ちょっと前に大いに流行った社会哲学の大有名人・サンデル教授が言っていました。「哲学というものは、人々が当たり前のように思ってる概念をもう一度考える学問だ」と。むしろ、そこで待っているのは昔ながらの答えの否定で、人間がいかに答えを扱っているかの検証です。にも関わらず、世の中の哲学の触れられ方というのは、「哲学が答えを持ってる」という感覚の人が未だに多いと思いますし、入門書の類もそういう需要にあわせた形になっています。偉大な哲学者の言葉を載せて、解説。また他の哲学者の言葉を載せて、解説。つまり、「答え」として羅列してるのです。これは哲学というより、雑学ないしは教養だと思うのです。

「ねじの人々」は、そういうものを目指しません。学問でもありませんから、歴史の流れも追いませんし、難しい語句を駆使して「正しい感」を補強したりもしません。ただ、哲学であろうとはします。なので、「答え」は描きません。むしろ、それを否定するために、今回のルネ君、そして、次の万子ちゃんが登場します。

では、答えを出さなくなった哲学は、何を目指すべきなのでしょう?

その1つの目標として、ボクがやりたいのは、「実存」です。

「実存」というのは、かつてハイデッガー、そしてかの有名なニーチェ、その他もろもろが取り組んだ問題で、「存在」に似ていますが、人間ならではの、悩みや社会の関係性も含めた「自分全体」「存在をとりまく全て」、そういうものを「実存」と言います。

これは言い換えると、「答え」と「答えをとりまく全て」がそこにある、そういうものが「実存」という概念です。

と、何となく説明したものの、ボクも現状よくわからずw ハイデッガーの本を読んだけどもチンプンカンプン。なので、時代をちょっとさかのぼって、デカルトから始めたのです。目指すのは、ハイデッガー!

という訳で「ねじの人々」はやって行きます。が、えー加減、監修してくれる人をつけないと、知恵熱で死んでしまいますよ、ボクは。

wakakitamiki * ねじの人々 * 10:35 * - * - * pookmark

3/15:8つ星ユニフォーム

 
今年のガンバの新ユニを買ったべさー!今年もUSAMIよ。

今回のユニは赤の差し色がなくなって袖が黒い。あと、首が白いのが懐かしい。稲本が出たての時に着てたイメージ。個人的には去年のデザインの方が好きだけど、なんと言っても星の数!最高だね。

それにしてもガンバ勝てない。特にACLが悲しい。Jも2ステージ制になったことだし、1ステージ目を捨ててもACL気合い入れて欲しかった。そもそも単純に仕上がりが悪い、点を取りたい時の圧を感じない。まあ、去年あれだけやった後だからね。しかし、今年は相手も研究してくるし、油断してると、前に襟が白かった時ぐらいの順位になっちゃうよん。
wakakitamiki * ふとした話題 * 20:43 * - * - * pookmark

3/14:気分は上々

 原稿が全然進まない。

絵で色々悩む。せっかくの新連載なんだから、今までと違うことをしたい!と思いながら、忙しくなってくると結局神のみと同じような仕上げに戻ってきてしまう。1話目も同じページを、違う仕上げで何種類も描いてみたけど、自分のなかの原稿の「濃さ」というものをなかなか外せない。結局、神のみの仕上げは紆余曲折をへて落ちついたトーンなので、どうにも崩すのが難しい。

そういう時は自分の下手さが憎くて憎くて呪詛の言葉を吐いてるうちに、1日すぎる。

そういえば、「水曜日のダウンタウン」で、「見た目の自己評価を上の上という奴はいない」説がモデルの人達が軒並みおのれを上の上とのたまって粉砕されていた。プロだから自分で上の上と言えるぐらいの自信がないとダメ、それはごもっともだと思う。自分の才覚でお金を対価としてもらう以上、「つまらないけどお金ください」とは言ってはいけないと思う。

だからまあ、ボクも自分では自分のお話を面白くないとは言わない。仕事場でいくら荒れ狂っていても、世に出た結果は常に上の上!

でもまだ描いてる途中だからいくら落ち込んでもいいのだ。

wakakitamiki * ふとした話題 * 02:36 * - * - * pookmark

3/12:アメリカンスナイパー感想(30分睡眠ver)

 週刊の「なのは」の原稿の間をぬって、「ねじの人々」の原稿が完成。

ひとまず、次も載りそうでホッとした。


ボクは今まで週刊連載しかやってこなかったけど、月刊連載ってなんか孤独だね。なんというか、レスポンスがないw 読者からも最初の掲載の時はいろいろ言ってもらえるけど、その後何もなしだし、担当さんからも月に何度かメールするだけ。正直言って寂しい。


特に担当編集との接触の密度が全く違う。週刊連載というのは、とにかく担当さんとずーっと一緒にいる。毎週打ち合わせで顔をあわせ、ネームを描いて打ち合わせ、原稿を描いて即確認。毎日毎日コールアンドレスポンスだから。ねじを描くことで、逆に週刊連載というものがどれだけマンパワーの総合力で勝負してるか実感する(他のエンテーテインメントに比べると少人数ではあるものの)。それに対して月刊はボク一人の世界。内容もどんどん内省的になって行くと思う。



そのあと週刊の方の原稿をやらないといけないんだけど、ちょっと疲れたので映画を見に行った。


「アメリカンスナイパー」ね。


仕事場では結構戦争映画を見ているけど、映画館での戦争映画となると、めっちゃくちゃ久しぶり。マトリックスレヴォリューションズ以来じゃないかな(←あれ戦争映画か?)


その間に映画の技術がどれほど進んだのかをまざまざと見せ付けられた。映像、音、演出。とにかく「戦争のプレゼンス」、臨場感というという言葉では生ぬるい、「存在感」がものすごい。音ひとつ動作ひとつの説得力。BSアンテナが立ち並ぶ日常のすぐ隣で戦争をやってる市街戦の異様さ。「ゼロダークサーティ」とか「ハートロッカー」や「ブラックホークダウン」とか見たけど所詮テレビ。劇場で見てしまった時点でアメリカンスナイパーは別次元の感想になってしまった。クリントイーストウッド80才すぎてなんでこんなエネルギーがあるんだろう。化け物だな。


しかも、もっとすごいのは、そのなかで睡眠ぶっこくボクだけどね。面白かったのに、前半ちょっと寝ちゃった。だって疲れてたんだもん。マトリックスですら劇場で寝てた僕の睡眠欲は無敵だった。



(以降、ネタバレ含む)


この映画がイラク戦争をどういうに描いているのか、アメリカではすごい論争になってるみたいだけど、この映画はイラク戦争に賛成とも反対ともはっきり言っていないし、どっちとも取れるシーンが交互に入ってる。したがって、「見てるものの気持ち次第」で感想が変わりそうな映画だった。


ボクはイラク戦争反対の気持ちで見ている。そうすると、この映画は反戦映画に見える。主人公カイルがほとんど戦争中毒になっていく様子なんかはアメリカの現状への皮肉に見える。


そういう目線で特に印象的だったシーンは、イラク人のスナイパーとの対決シーンだ。カイルの仲間を射殺した敵スナイパーを発見したカイルは、敵のど真ん中という状況で周りに止められたにも関わらず、相手を射殺してしまう。前にいた仲間と喜びあった直後、周りのイラク人が山のように押し寄せ、血みどろの戦闘になる。そこにやってくる巨大な砂嵐が敵も味方も飲み込んでしまう。このシーンは、ボクには復讐心で始めてしまった結果泥沼になってしまったイラク戦争の現状を描いたように思えてしまう。でも、危険を顧みず相手スナイパーをやっつけた「正義」をそこに見る人もいるかも知れない。全編こんな調子。


それにしても、仲間一人殺されたシールズの隊員が、直後イラク人の載ってるセダンを木っ端にして暴走していくシーンなんかはイヤミにしか見えない。(ちなみに、イラク戦争の犠牲者は、アメリカ人の犠牲者は911込みで大体7000人。イラク側の犠牲者は諸説あるけど少な目の数字で15万人ぐらい)それより何より、相手の価値観のど真ん中に出向いていって戦う徒労感、バカバカしさ。ボクにはイラク戦争批判映画に見えた。


ただ、この作品にはイラク側からの目線が全くないし、家庭内の不和は描いても、イラク戦争の大義そのものについての議論がないという構造のおかげで、英雄の映画としてイラク戦争支持派から評価されるだろうということは作り手も想像できたはず。そこら辺が、この映画のバランス感覚なんだろう。クリントイーストウッドはイラク戦争反対派らしいけどリスク管理したのだろうか。この映画を批判した著名人は「愛国者」から総攻撃を受けたという話をネットで見た。アメリカ国内ではまだまだ戦争が続いてるんだ、という感じがしました。

wakakitamiki * 映画 * 08:31 * - * - * pookmark

3/9:World 4u_


今日のおやつは実に感慨深い。ミディアプレミディのフロールだ。かつて一年待ちと言われたお取り寄せロールケーキ。遂に注文して食いましたよ!

うん、実に美味しい!送料込みで4000円はいかがなものかと思うけども、美味しい。どっしりとした生地とクリーム。存在感がすごい。

思えば、8年前に、このフロール作りに挑戦したことがあった。あの頃はボクも若かった。こんなものに挑戦して作れると思っていたのだ。研鑽を経て、餅は餅屋という悟りを開いた私。ケーキを作りたい時はマンガのなかで作る!それが一番。

ちなみに、8年前の記録↓
http://blog.wakakitamiki.coolblog.jp/?eid=488938
こんなくだらない記録がこの先永遠に電脳の海に存在してるかと思うと身震いを禁じ得ない。


ボクがのほほんとフロールに挑戦している頃、ボクの友達がジャンプで連載していた。江尻立真くんだ。

その江尻たっちゃんの新しい単行本が出た。



なんとまあ、「World 4u_」じゃないか!

この作品こそ、ボクとたっちゃんが出会ったばかりの頃に彼が手がけていた作品。都市伝説を題材した不思議なお話で、そのうまさにジャンプ作家の底力をヒシヒシと感じたものだった。ジャンプで何度も載ってたし、連載もてっきりこの作品でやるものだと思っていた。それが、まさかのピンポンマンガでの連載。あれには驚いたものだったけど、たっちゃんの本業はやっぱりこちらだと思う。やっぱり上手い。連載再開は本当にめでたい。もっとオリジナル連載やって欲しい。
wakakitamiki * ふとした話題 * 03:16 * - * - * pookmark
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